その他

2022/07/09その他

労働紛争のグローバル化と外国人労働者の法的救済について

1、はじめに

日本において「外国人労働」というと「技能実習」や「留学生」の労働搾取・差別の現状や制度的・構造的欠陥がクローズアップされがちです。

しかし高度専門職、教授、技術・人文知識・国際業務など比較的社会的地位や収入レベルの高いイメージのあるホワイトカラー職に従事する場合でも、外国人であることにより遭遇する不利益や差別は、職業や在留資格によって変わるところはありません。

在留資格や職種、国籍などを問わず、日本で働く外国人の方が、不当解雇、ハラスメント、労働災害などの労働問題のほか、交通事故、離婚や子供の親権、面会交流、相続、後見制度など、日常生活と直結する法的トラブルに遭遇しています。

しかし、外国人が利用しやすい法的救済制度や法的サービスが整備されていれば、より多くの外国人労働者が、労働搾取や職場のトラブルから救済され、泣き寝入りを防き、外国人労働に関する制度的欠陥の改善にもつながるはずです。

また、外国人労働の問題は、経済・企業活動・労働市場のグローバル化、IT技術の発展、各国の移民政策、送出国と受入国との政治・経済関係など、様々な利害が国境を越えて複雑に絡み合っていることと密接不可分です。

外国人労働問題や移住労働者の人権問題は、もはや国内のみで抜本的解決することは不可能であり、海外の弁護士団体※[1]や人権団体※[2]、経済団体との情報共有や協力関係が必須であるといえます。

※[1] 例えば、 アメリカワントンDCを本拠地とする法律家団体「Human trafficking legal center 」は、児童労働、性的人身売買に関する国際裁判を代理人として行っており、MLでは世界  の法律家らが活発に人身取引に関する裁判例や各国の取組ついて議論・情報提供が行われている。

※[2] 例えば、 Asia pro bono conference は毎年1回開催され、アジア・太平洋諸国を活動拠点とする世界各国の人権活動家や法律家が集まり移民・難民を巡る諸課題、人身取引、表現の自由など様々な人権課題に関するディスカッションやプレゼンテーションが行われる。

しかし政府、地方自治体、裁判所のみならず、我々、日本の弁護士自身は、まだまだ英語をはじめとする外国語の語学力不足や内向きの姿勢から、海外とのネットワークや情報発信力は不充分であるといえます。

そしてこうした行政(政府・自治体)、司法(裁判所や弁護士)、立法(国会議員・地方議員)という政策の中枢を担う部門の現場感覚の欠如やグローバル化への対応の遅れは、外国人が利用しやすい法的救済制度・法的サービスへの意識・対応の遅れにつながっているように思います。

必ずしも日本語が十分でない外国人が、今現在、ここ異国「日本」で法的トラブルに巻き込まれているときに、いますぐにでもアクセスしやすい法的救済制度や法的サービスや情報提供が整備されていないこと、在留資格や在留期限によって法的権利行使の機会が事実上阻害されていることは、労働搾取や人権侵害の温存につながり、法律で保障された権利を行使する機会、法的救済を求める機会を事実上、奪っているともいえるのではないでしょうか。

2、外国人労働者受入れの現状
日本に住む外国人の現状に関する代表的な統計は2つあります。厚生労働省「外国人雇用状況」の届出状況まとめ(毎年 10 月末時点の統計が公表されます)と出入国在留管理庁(法務省)「在留外国人数について」(毎年6月末と末日時点の統計が公表されます)です。

法務省の統計によると、令和3年6月末現在における在留外国人数は282万3565人とのことです。

上位10カ国は下記のとおりです。

(1) 中国 745,411人 (構成比 26.4%) (-  4.2%)
(2) ベトナム 450,046人 (構成比 15.9%) (+  0.4%)
(3) 韓国 416,389人 (構成比 14.7%) (-  2.5%)
(4) フィリピン 277,341人 (構成比  9.8%) (-  0.8%)
(5) ブラジル 206,365人 (構成比  7.3%) (-  1.0%)
(6) ネパール 97,026人 (構成比  3.4%) (+  1.1%)
(7) インドネシア 63,138人 (構成比  2.2%) (-  5.5%)
(8) 米国 53,907人 (構成比  1.9%) (-  3.3%)
(9) 台湾 52,023人 (構成比  1.8%) (-  6.9%)
(10) タイ 51,409人 (構成比  1.8%) (-  3.7%)

現在、在留資格は29種類ありますが、上位5つの在留資格は次のとおりです。
(1) 永住者 817,805人 (構成比 29.0%) (+ 1.3%)
(2) 技能実習 354,104人 (構成比 12.5%) (- 6.4%)
(3) 特別永住者 300,441人 (構成比 10.6%) (- 1.3%)
(4) 技術・人文知識・国際業務 283,259人 (構成比 10.0%) (- 0.0%)
(5) 留学 227,844人 (構成比  8.1%) (-18.9%)


在留外国人増加傾向は、2010年以降、増加の一途であり、コロナ・パンデミックにより2020年以降は若干の減少は見られるものの、2018年末(273万1,093人)から2019年末(293万3,137人)までの1年間で20万2044人増加しています。


在留外国人のうち「労働者」として日本で就労している外国人の数も着実に増えています。

厚生労働省の令和3年10月末現在の外国人雇用統計によれば、外国人労働者数は 172万7221 人、外国人を雇用する事業所数は 28万5080 か所であり、いずれも平成19年に「外国人雇用状況の届出制度」を義務化して以降、最高を更新したとのことです。

在留資格別に見てみると「専門的・技術的分野の在留資格」、「技能実習」などいわゆる「就労ビザ」のみならず、永住、定住者、日本人等の配偶者など「身分に基づく在留資格」で就労する外国人が50万人を超えていることは注目に値します。つまり、外国人労働者は、2,3年で母国に帰国する短期的な就労を前提としていると言うことはできず、すでに日本社会に中長期的に定住している「市民」となっていると捉えるべきでしょう。

そうすると、労働問題のみならず、日本で外国人が家族を持つことも当然となり、ひいては、国際離婚や子供の親権(国境を越えての親同士の子供の奪い合いや面会交流実施の確保)、子供の国籍(二重国籍)、相続や老後の後見制度など家族や福祉を巡る問題も市民社会的かつ国際的視点で制度設計することが必要不可欠であり、かつ急務であるといえます。

3、多言語生活情報サービスの現状
日本には既に多くの外国人が市民社会の重要な一員として生活しています。

政府も2018年12月、外国人材の受入れ・共生のための総合的対応策を公表し、全国役100箇所に行政・生活全般に関する情報を多言語で提供する「多文化共生総合相談ワンストップセンター」を設けるとしています。

既にいくつかの自治体では医療、子育て、福祉、DV、行政手続きなどについて総合的に相談できる外国人相談窓口を設置しており、今後の制度のさらなる充実が期待されます。

医療通訳を配置する病院も増加しており※[4] ※[5] ※[6]、政府や自治体も多言語で様々な生活情報を発信しています ※[7] ※[8]。

※[4] 大阪の独立行政法人りんくう医療センターは英語、中国語、ポルトガル語、スペイン語の医療通訳サービスを無料で提供しているとのことです。またウェブサイトも英語と日本語の二言語で作成されています。
※[5]東京の国立国際医療研究センターは国際診療部があり、看護師資格を有するコーディネーターと中国語医療通訳がおり、また24時間対応可能な電話通訳サービスを提供しているとのことです。医療通訳の費用は病院が負担しているそうです。 
※[6] 東京医科歯科大学医学部附属病院は国際医療部があり、24時間対応可能なビデオ電話通訳(10言語)に加え、希少言語は留学生や外部の通訳の協力を得て、患者が理解できる言語で説明・同意を行っている。

※[7] 法務省・外国人生活支援ポータルサイト
※[8] 新型コロナウイルス感染症に関する外国人労働者向けリーフレット(日本語)

しかし、法的サービスや救済制度の分野では、多言語サービスは十分とはいえません。特に労働の現場では、外国人・日本人にかかわらず、未払賃金(最低賃金、残業代未払含)、パワハラ・セクハラ、不当解雇、退職強要、労働条件の不利益変更、賃金差別など様々な労働問題がありますが、外国人労働者の場合は、日本人に比べ、大きなハンディキャップがあります。

例えば、日本の労働法の知識を十分に持ち合わせていません。また、契約書や就業規則がすべて日本語で記載されている場合は、内容が理解できないこともあります。
つまり、違法・不当な労働条件であることに気づかない場合があるのです。

さらに、解雇や退職により在留資格を失う可能性もあります。特に技能実習生の場合は、原則的に転職の自由がなく、また送出機関やブローカーに多額の借金をしていることも地位の脆弱性の原因であると言われています。

日本人に比べより不当な扱いを受けやすい立場にあるにも関わらず、情報不足や言葉の問題、在留資格を失うことの危険性から、適切な場所に相談をすることができないことも問題です。

さらに、アジア系・アフリカ系に対して強い差別意識や優越感をもつ日本人は多く、日本人や欧米系の白人の外国人には決して行わないような人種差別的で見下した態度をとることも珍しくないといえます。

こうしたなか、労働相談や労働法に関する情報提供を多言語で行う取り組みも整備されつつあります。例えば、東京都の労働相談情報センター(TOKYOはたらくネット)では、英語と中国による労働相談を実施するほか※[9]、外国人労働者ハンドブック(英語と中国語)を作成したり※[10]、2019年10月には英語による労働法講座を開催するなど(当事務所の 板倉由実 弁護士が講師を務めました)、多言語による相談・情報提供、あっせん等を行っています。


東京都労働委員会は、不当労働行為や労働委員会による労使関係調整制度について英語で情報提供しています[11]。

厚生労働省は、男女雇用均等法や育児介護休業法に関する労働局の紛争解決手続きについて英語でパンフレットを作成している[12]。

弁護士会や弁護士の活動として注目されるのが、外国人労働弁護団[13]外国人技能実習生問題弁護士連絡会[14]です。これらの団体は技能実習生や外国人労働者から多言語での労働相談を全国から受けるほか、企業側との交渉、裁判、社会啓発、省庁交渉、メディアとの勉強会など様々な活動を行っています。

NPO法人「移住者と連帯するネットワーク(移住連)」や教会関係者、NPO法人POSSEの外国人サポートセンター[15]なども労働法や入管実務に詳しく、かつ語学が堪能なスタッフがおり、常設の労働相談のほかアドホックな電話相談会を実施している。

「外国人技能実習機構・Organization for Technical Intern Training」も技能実習生向けに母国語による相談窓口を設けているとのことです。しかし母国語による相談窓口を設けただけでは、被害を受けた当事者が相談をするとはかぎりません。筆者が技能実習生からの相談活動の中で感じたのは、技能実習機構は、就労先から人権侵害・労働搾取を受けている技能実習生にとってみれば、雇用先と一心同体の加害者であり、相談することにより強制帰国の可能性もあるという強い恐怖心があるように感じました。外国人技能実習機構とは別に、技能実習生が信頼、安心して相談できる相談先にアクセスできる体制作りが必要です。

4,多文化共生社会における法的救済制度に必要な3つのA

国籍、言語、在留資格の有無に関わらず、すべての人が法的に保障された権利を行使し、侵害された権利の回復や救済を求めるためには、単に法律で権利義務を明記するだけではなく、実効的に権利行使できる救済システムが必要不可欠である。法的権利救済の実効性確保のためには、3つのAの要素が必要であると思います。

それは、(1)Accessibility (アクセスのしやすさ。距離、言語等によるアクセス障害の解消)、(2)Affordability( 費用が手頃であること)、(3)Accuracy (法的権利や救済手続きに関する情報の正確性)です。

(1)Accessibility について

上記のとおり、東京近郊は、多言語サービスが充実しているように思います。しかし、技能実習生など人口の少ない地方過疎地で居住・就労している外国人は少なくありません。

言語や居住地によるアクセス障害を解消をするためには、法律家や労働組合、各種支援団体による出張相談、遠隔地からの電話やSNSを通じた相談、多言語相談に柔軟に対応できることが必要です。

未払賃金債権や労災給付の権利があるのに、すでに母国に帰国してしまった場合など、海外や遠隔地方に居住する人や病気や障害、あるいはDV・人身取引被害者など軟禁状態にある場合、外出が難しい人からの相談は日本人・外国人を問わずに潜在的需要は多いと思います。

日本司法支援センター(法テラス)は、全国共通の電話番号で多言語情報サービスを提供しており、日本の法律制度や相談窓口情報を英語、中国語、韓国語、スペイン語、ポルトガル語、ベトナム語、タガログ語の7カ国語で提供しています。

一方、人権救済の最後の砦である裁判所の多言語対応は不充分であるといえます。裁判所では、離婚、相続などの家事事件、労働紛争解決制度、一般民事調停など裁判手続についてわかりやすく説明したリーフレットを多数、そろえています。

離婚や相続などの家事事件などについいては、裁判所のホームページから申立書や関連書類をダウンロードすることができ日本語ができる日本人にとってはとても便利です。

しかし、これらはいずれも日本語で作成され、申立書等もすべて日本語で記載しなければなりません。日本においては、裁判所への提出資料はすべて日本語で記載するか、和訳を添付することが求められており(民事訴訟規則138条、裁判所法74条)、日本語が不自由な外国人が司法手続の利用を躊躇したり、あきらめたりする原因の一つとなっていることは否定できません。

離婚等の家事調停や労働裁判(訴訟、労働審判を含む)については、国際家事事件や外国人労働者に関する労働トラブルの増加によって潜在的需要が高く、筆者も、外国人による申立ては増加していることを実感しています。

しかし、外国語で対応可能な調停委員や審判員の人員は極めて少ないのが現状です。そのため外国人は通訳人や外国語の堪能な弁護士を自ら探さなければなりません。一方で、法律相談や受任ができるレベルに外国語が堪能な弁護士の数は残念ながら不足しています[16]。

労働事件に関わる労働者側の弁護士の外国語の習得は、労働市場のグローバル化において、喫緊の課題であるといえます。

次に、当事者や証人が海外に居住しており、海外から日本の裁判所に調停・労働審判申立や訴訟提起がなされる事案もますます、増加するでしょう。

日本の弁護士を代理人とすれば、当事者本人が海外にいても調停・裁判手続きを進めることは可能です。しかし、当事者自ら直接、手続に参加することできないのは不公正・不公平であるといえます。

だからといって、日本の裁判手続に参加したければ、多額の費用と時間をかけて来日を要請するのは非効率かつ不合理であるといえます。

すでに国内においては、当事者の一方が遠隔地に居住している場合は、当該当事者は最寄りの裁判所に出頭すれば係属裁判所に直接、出頭しなくても電話会議システムを通じて、調停・裁判手続きに参加することができます(民事訴訟法170条3項、204条1号、家事事件手続法258条1項、54条)。

外国の裁判所が日本に居住する人物をテレビ会議や電話会議で証人尋問したいと考える場合、国によっては、在日本大使館において本国の裁判所とつなぐなどして証人尋問が実施されているようです[17]。

今後は、海外の法律事務所、裁判所、大使館等の限定された場所に出頭するなど、一定の要件のもとで、電話会議システムを通じて、海外から訴訟・調停手続に参加可能なシステムの検討も必要でしょう。

(2)Affordability について
生活困窮者であっても法的救済を受ける権利があることは日本人であっても外国人であっても、さらには正規滞在であろうと非正規滞在であろうと異なることはありません。

経済的理由や在留資格の有無を理由に、侵害された権利の救済を受けることができない事態はあってはならないと思います。

経済的な理由で弁護士費用を支払う資力のない人については、日本司法支援センター(法テラス)の民事法律扶助や日本弁護士会の委託援助という制度があります。

しかし法テラスは、在留外国人の場合は、中長期の在留資格を有することが利用条件であり、非正規滞在や短期滞在の外国人は利用資格がありません。

これは総合法律支援法が、民事法律扶助の享有主体を日本国民及び我が国に住所を有し、適法に在留する者、と定め、我が国に適用に在留していない日本国籍を有しない者(非正規滞在外国人)を除外しているためです。なお適法な在留資格がなく日本に滞在している「非正規滞在者」や短期滞在者、一定の要件を満たせば、日弁連の委託援助を利用することが可能です。

近時、法テラスや委託援助によって支払われる弁護士費用は着手金、報酬とともに一般的な法律事務所の報酬規定の3分の一程度の低廉な水準であるため、労力に見合わない弁護士費用による徒労感や事務所経営維持の必要性から、弁護士は法テラス・委託援助案件の受任を控える弁護士が増加しつつあります。

特に外国人事件の場合、日本の法制度や文化の違いを懇切丁寧に説明したり、通訳人を介しての意思疎通となるため、労力と手間がかかります。

外国人事件の場合、多量の資料について翻訳が必要だったり、打合や裁判期日のたびに、通訳人による長時間の通訳が必要なことがあるが、法テラスの民事法律扶助は、通訳費用や翻訳費用は上限をもうけており、上限を超えると弁護士が自ら身銭を切るか、本人負担となります。

なお、外国語が堪能な弁護士の場合、事務処理の迅速性からみずから翻訳・通訳を行っていることが多いのが現状ですが、法テラスから翻訳費・通訳費は一切、支給されません。

不法滞在や在留期限の到来が間近に迫っている外国人をその立場の弱さから長時間労働をさせたあげく、賃金を支払わない、という雇用主も少なくありません。こうした外国人労働者が、帰国間際に、未払い賃金や残業代を請求したいと弁護士のところに駆け込むことも少なくありません。しかし請求金額が、20万~30万程度であるため(母国の水準からは大金であることが多い)、弁護士としても費用対効果や事件の手間を考えると受任を拒否せざるを得ないのが現状です。

受任弁護士に労力に見合わない経済的負担を負わせる法テラスの援助水準は結局、平等かつ実効的な司法アクセスという制度の理念と乖離する結果をもたらしています。

(3)Accuracy (正確な情報提供)について

 法律で保障された権利を行使するためには、自らの権利や救済手続きに関する情報を正確に知ることが必要です。行政機関や裁判所のみならず法的サービスの提供者である弁護士会や各弁護士団体、法律事務所、労働組合による多言語による情報発信やアウトリーチ、多言語による労働法講座の実施など各種団体による積極的な施策が求められます。

5, 権利行使を阻む在留資格
外国人が日本に滞在するためには、必ず在留資格が必要です。そして許可された在留期間内のみ日本に滞在することができます。

権利侵害を受けたため、法的救済手続を利用する場合であっても、在留期限が切れれば適法に滞在することができません。その結果、在留期限が残り少ない、あるいはすでに徒過した場合は、事実上、法的権利救済手続きを利用することができません。

多くの場合、出入国在留管理局は、裁判手続き中であれば、「短期滞在」ないし「特定活動」[18]の在留資格を付与しています。しかし「短期滞在」では就労が許可されてませんので、滞在期間中、仕事をすることができません。その結果、裁判期間中の、生活費、滞在費がまかなえず、日本滞在が経済的に難しくなり、事実上、法的救済を諦めざるを得ないことになります。

少なくとも未払賃金、労災、セクシュアルハラスメント、ドメスティックバイオレンスなど重大な労働法規違反や人権侵害が問題となっている事件については裁判期間中、就労可能な在留資格を付与したり、住居や生活費の補助の制度を整備は必須のように思います。

6,クロスボーダー案件への対応
Internet and Communication Technologyの発展や家族や労働市場のの多様化、国際化、にともない、離婚、子供の面会交流、相続、労働事件などかつてはDomestic Matter と言われていた分野におけるCross Border 案件が増えています。

例えば、インターネットコミュニケーションテクノロジーの発達による国境を越えたクラウドワークという働き方です。雇用主と労働者、同じプロジェクトチームに所属する労働者がそれぞれ異なる国に所在しているという事態も珍しくありません。

こうしたクロスボーダー案件では、不当解雇や労働条件の一方的不利益変更、賃金不払い等の労働法違反が起こっても、裁判管轄、適用法令、判決の執行力の問題が生じ、日本国内の法制度の範囲では、法的救済が不可能あるいは著しく困難である場合があります。

筆者が実際に受けた相談では、相談者は日本人で日本居住のシステムエンジニアですが、雇用主は欧米のとある国に本社のある企業であり、本社と直接、雇用契約を締結していました。チームメンバーは世界各国に居住しており、ミーティングは、Teams やzoom 等で行い、成果物はクラウド上にアップすればよいため、物理的に欧米に所在する本社に出社する必要がありませんでした。実際、相談者は、本社に行ったことなく、採用面接もビデオ会議で行われたとのことです。数年間、勤務したところで、ある日突然、メールで解雇通知が届きました。日本の労働法上は、明らかな不当解雇でした。しかし日本の裁判所に不当解雇を訴えて提訴したところで、欧米所在の本社がまともに応じるとは考えられません。また日本の裁判所の判決は、国外では既判力・執行力を有しません。

本件とは、反対に、海外で勤務していた日本人が帰国後に、海外の企業を労働問題で訴えたいという相談もあります。

法的紛争のクロスボーダー化は、労働分野のみならず、家事事件の分野においても同様です。

外国人の日本人配偶者との、あるいは日本在住の外国人同士の離婚やこれに伴う海外所在財産の財産分与、二重国籍の子供の親権・監護権、面会交流、国際相続などの事案も増加しています。

海外サーバーや海外のSNSプラットフォームを通じた、名誉毀損、リベンジポルノ、消費者被害、ヘイトスピーチ、日本人が海外渡航先(留学先や旅行先)で遭遇した被害(詐欺被害、性暴力事件など)の損害賠償等の案件など、枚挙に暇がありません。

こうした法的紛争のクロスボーダー化に対応するためには、各国の弁護士会等を通じて海外の弁護士と日本人の弁護士が相互に連携したり、国外から電話会議やSNS等を通じた訴訟参加制度を整備することが必須といえましょう。

7,最後に
法的紛争の国際化は、労働や家事事件など日常生活に直結する問題に関連しており市民派の弁護士も語学力やSNSなど情報発信力や海外の弁護士との連携など無縁であってはならないと思います。

筆者は、一介の「マチ弁」に過ぎませんが、多文化共生社会における「マチ弁」として、英語で相談・事件対応するなかで、外国人の労働問題は、労働市場や経済のグローバル化の一側面であり、弁護士がかかる潮流に乗り遅れていては人権侵害を効果的に救済することができない、と感じています。



[1] アメリカワシントンDCを本拠地とする法律家団体「Human trafficking legal center 」は、児童労働、性的人身売買に関する国際裁判を代理人として行っており、MLでは世界の法律家らが活発に人身取引に関する裁判例や各国の取組ついて議論・情報提供が行われている。https://www.htlegalcenter.org/
[2] Asia pro bono conference は毎年1回開催され、アジア・太平洋諸国を活動拠点とする世界各国の人権活動家や法律家が集まり移民・難民を巡る諸課題、人身取引、表現の自由など様々な人権課題に関するディスカッションやプレゼンテーションが行われています。https://www.probonoconference.org/
[4] 大阪の独立行政法人りんくう医療センターは英語、中国語、ポルトガル語、スペイン語の医療通訳サービスを無料で提供。またウェブサイトも英語と日本語の二言語で作成。http://www.rgmc.izumisano.osaka.jp/department/international1/international2/
[5]東京の国立国際医療研究センターは国際診療部があり、看護師資格を有するコーディネーターと中国語医療通訳がおり、また24時間対応可能な電話通訳サービスを提供しているとのこと。医療通訳の費用は病院が負担している。 http://www.hosp.ncgm.go.jp/icc/010/index.html
[6] 東京医科歯科大学医学部附属病院は国際医療部があり、24時間対応可能なビデオ電話通訳(10言語)に加え、希少言語は留学生や外部の通訳の協力を得て、患者が理解できる言語で説明・同意を行っているとのこと。http://www.tmd.ac.jp/ihcd/
[7] 法務省・外国人生活支援ポータルサイトhttp://www.moj.go.jp/nyuukokukanri/kouhou/nyuukokukanri10_00055.html
[8] 新型コロナウイルス感染症に関する外国人労働者向けリーフレット(日本語)http://www.moj.go.jp/nyuukokukanri/kouhou/nyuukokukanri10_00051.html
[9] https://www.hataraku.metro.tokyo.lg.jp/sodan/sodan/foreign.html
[10] https://www.hataraku.metro.tokyo.lg.jp/sodan/siryo/foreign-e/index.html
[11] https://www.toroui.metro.tokyo.lg.jp/lang/en/index.html
[12] https://www.mhlw.go.jp/bunya/koyoukintou/pamphlet/pdf/funso_en.pdf?fbclid=IwAR3omTwbhhFmTQszQ6-y1x8vfu7cUyZ2HmI48QXje-suUQmEXv7LYilZHxs#search=’Inquire+at+teh+equal+employment+office
[13] https://grb2012.wordpress.com/
[14] http://kenbenren.www.k-chuolaw.com/index.html
[15] https://foreignworkersupport.wixsite.com/mysite
[16] 東京家庭裁判所では国際離婚事件の増加に対応するため英語その他の外国語が堪能な調停委員を配置しており、待合室等の表示も英語・日本語で表記されている。一方、筆者が東京地方裁判所での労働審判手続で語学が堪能な労働審判員を配置してほしと要望したところ、そのような対応はしていないとのことであった。
[17] 池田綾子「国際化時代における日本の裁判手続の課題と展望」(自由と正義2016年5月号)、土方恭子「当事者や証拠が外国に存在する場合の送達及び証拠調べ」(自由と正義2016年5月号)参照。
[18] 会社都合の解雇の場合、就職活動を前提に特定活動へ在留資格変更が認められるが、本人の業績不良等を理由とする解雇の場合は、特定活動への変更は認めない扱いである。しかし、多くの不当解雇事例は、本人の業績不良等を理由としており、会社が当初から会社都合解雇を認める事案は少ないといえます。和解によって会社都合退職となる場合はあります。

Copyright © さくら国際法律事務所 All Rights Reserved.